今回は今まで見てきた音声の特徴に加えて、さまざまな音声現象を紹介するね。

1．長音（ちょうおん）

	実験1 長音の記述
	日本語で「おばさん」と「おばあさん」の音声はどこが違うかな？ また、「かた」（肩）と「かった」（買った）の違いはどうだろう。 発音記号で表してみよう！

	答え！
	母音の場合、発音記号で、おばさんは[obasaN]、おばあさん[oba:saN]と表記するよ。 [a]は短母音、[a:]は長母音というよ。 長音は発音記号では[:]という記号を使って表す。 [obaasaN]とは書かないから気をつけて！ でも、「お、ば、あ、さ、ん」って切って発音したらこうかなるかもね。（笑） 子音の場合、促音（っ）も同じ記号を使って表すことができる。 肩は[kata]、買ったは[katta]とも[kat:a]とも書ける。 [katta]の場合は、１番目のtは破裂音だけど実際には破裂しないで 閉鎖しっぱなしなので[ : ]という記号を使って[t:]と書き、 [t:]のことを「開放がないt」と言うこともある。 [t:]と書けるのは、２つのtが連続し長さが長くなってるからなんだ。 促音（小さい「っ」）は、実は子音が長くなっているということなんだよ！ へ～！そうなんだ。

２．無声化（むせいか）

	実験2 無声化の記述
	ＣＤの音声で、「首」[kɯbi]の[ɯ]と「くし」[kɯʃi]の[ɯ]の 音色の違いを聞いてみよう！

	答え！
	「首」の[ɯ]は有声の[ɯ]、つまり声帯振動があるんだ。 母音は基本的には声帯振動があるよ。 ところが「くし」の[ɯ]は「無声化」という現象を起こしている。 母音なのに声帯振動がなくなる、つまり声がなくなっちゃてるんだ。 その母音の前後に無声子音があると、その影響を受けて声帯振動が なくなっちゃうんだ。（こんなふうに、前後の音の影響を受けて音が変わる ことを同化っていうよ）。 「首」の[ɯ]の場合、前の[k]は無声子音だけど後ろの[b]は有声子音。 こういうときは、普通は無声化しない。でも「くし」の[ɯ]の場合は、 前の[k]も後ろの[ʃ]も両方とも無声子音だね。それに影響されて[ɯ]も 無声に変わってしまうんだ。 日本語では、「い」とか「う」の狭母音が無声化を起こしやすい。 覚えとこう！ でも、他の母音も起こすことがあるけどね。 無声化は[　。 ]という記号をつけて表すよ。（記号の下にしろまる） だから、「くし」をより正確に書くと[kɯʃi]となるわけ。 [i]の無声化の例としては、たとえば「あした」[aʃita]、「秋田」[akijta]などがある。 日本語で無声化する語はほかにもたくさんあるよ。どんなものがあるか、 考えてみよう！

同化についてもう少し！

「同化」とは前後に現れる音によって音が変化してしまうことだって、さっき言ったよね。

ある音がその音の前の音の影響を受けることを順行同化。

後ろの音の影響を受けることを逆行同化っていう。

この用語も大切だから覚えといて！

変化する		変化する
→		←
【順行同化】		【逆行同化】
時間→		時間→

無声化の度合っていろいろある！



無声化って前後の子音によって起こるから。。。その影響の強さによって、


ほんのちょっと無声化
もう少し無声化
ほぼ無声化
誰が聞いても無声化
誰が何度聞いても無声化（笑）


どころじゃなく無限に度合があるんだ。

じゃあどこまでを「無声化」って記述するの？

まあ、記号で表記するのは明らかに無声化って時だけかもね。

でも、あとで出てくる「鼻音化」とかもそうだけど場合によっては今後

そういった度合いについても記述する必要もあるかもしれないから、

ちょっと気にしておこうね。

つまり簡単には白黒つけられないってことだね。

そうそう。


３．口蓋化（こうがいか）（硬口蓋化）

	実験3 口蓋化（硬口蓋化）の記述
	「み」と「し」を発音記号で記述してみよう。第３回の発音記号のところで５０音図を習ったよね。 ２つの音の共通点はなんだろう。 また、違っている点はなんだろう。

答え！

[mji]と[ʃi]となる。 ちょっと待って！「ま」「む」「め」「も」は[ma],[mɯ],[me],[mo]、 「さ」「す」「せ」「そ」は[sa],[sɯ],[se],[so]なのに、どうして「み」と「し」は 子音の記号が違うんだろう？ それは、子音が口蓋化っていう現象を起こしているからなんだ。 口蓋化は音声学では「前舌が硬口蓋に近づくこと」なんだけど、 （注意！言語臨床ではちゃんと「硬口蓋化」と言うことが多いよ） 厳密に言うと次の２つの場合に分けられる。（ちょっとマニアック！） 1) その子音の本来の調音位置は変わらないんだけど、 子音の調音と同時に前舌が硬口蓋に近づく（硬口蓋に向かってせり上がる）… という場合。「み」の場合がこれにあたる。 [m]の直後に[i]が続くので、[m]の調音のときからすでに次の[i]に備えて前舌 が硬口蓋に近づいているんだね。これを表わすために口蓋化の補助記号[j]を つけて[mji]と書くわけ。 　（ここで、念のために注意。[mj]は「口蓋化した[m]」という一つの子音であって、 [m]の後に[j]を発音するっていう意味じゃないからね。[j]だけじゃ何の音も表わ してないよ。） 2) その子音の調音位置そのものが硬口蓋に近づく[ʃ]という場合。 「し」の場合がこれにあたる。歯茎音の[s]が次の[i]に備えて調音位置が少し 後ろにずれ、歯茎硬口蓋（歯茎と硬口蓋の境い目あたり）になっちゃうんだ。 これをʃ]と書く。「み」と違って「し」の場合は調音の位置まで変わってしまうん だね。 どちらの口蓋化も同化の一種だっていうことに気がついたかな？　 わかった！ 直後の母音の影響を受けて子音が変化するから、これは逆行同化だね！ 大正解！

４．軟口蓋化（なんこうがいか）


軟口蓋音以外の音（普通は子音）を調音するとき、後舌面が軟口蓋に近づく現象を

「軟口蓋化」というよ。

日本語の場合、[ɯ]と[o]の２つの母音は後舌母音、つまり後舌面が高く上がる母音

だったね。

うん。

後舌面が「高く上がる」ってことは、「軟口蓋に近づく」というのと同じことだ。

となると…

たとえば、「む」という場合、子音[m]を調音している段階で、後舌面はもう次の[ɯ]に

備えて軟口蓋に向かって上がってるんだ。

このことを、[m]の右肩に軟口蓋化の補助記号[^γ]をつけて[m^γ]と書き表す。

同じように「も」も[m^γo]と書ける。

でも、この軟口蓋化は自然に起こるから、いちいち書かなくてもいいという考え方も

あって、「む」は[mɯ]「も」は[mo]と書くことも多いんだ。

それって、もしかして「簡略表記」！

うん、よく覚えていた。えらい！



５．円唇化（えんしんか）


唇音以外の音（普通は子音）を調音するときに唇が丸まる現象を「円唇化」という。

日本語の場合、[a, i, ɯ, e, o]の中で[o]だけが円唇母音だよね。

うん、やったやった。

だから、たとえば「こ」と言うとき、「こ」の子音[k]を調音している段階で、唇はすでに

次の[o]の準備をして丸くなっているんだ。

間に合わなかったら音が切れちゃうもんね。

早めの準備が大切ってね。

このことを、[k]の右肩に円唇化の補助記号[ ]をつけて[k ]と書く。

つまり「こ」は[k o]っていうわけ。

「そ」や「と」も同じ。[s]や[t]を調音しているとき、同時に唇も丸まっている。

つまり円唇化を起こしてるから、「そ」は[so]、「と」は[to]と書くのが正確なんだよ。

う～ん。待って！

「こ、そ、と」では軟口蓋化も起きるんじゃなかった？

そう。軟口蓋化と円唇化が両方起きるんだよ。

ええーっ！？　じゃあ「こ」は[k o]、「そ」は[so]、「と」は [to]って書くの？

たいへん！

本当はね…

いちいち全部書いてると大変だから、ふだんはやっぱり簡略表記で[ko]、[so]、

[to]と書く。

なあんだ。

ほんとは軟口蓋化と円唇化が起きているんだぞ！とわかった上でね。

それは厳しい、秘密の暗号みたいだね。

うん。音声学を知っていると書いてないことがわかる！なんかかっこよくない。

暗号解読かあ。

ここでは、口蓋化、軟口蓋化、円唇化の３種類の副次調音を見たけど、

どれも次に来る母音の準備のために自然に起きる現象だったね。

うん、何事も準備は早めにねって。

だから、補助記号はあるけど、あえて書かないことのほうが多いんだ。

これも秘密の暗号？

ある意味ね。

だけど、口蓋化の記号[^j]だけは、わりあいちゃんと書くことが多い。

つまり、「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」は、[pa]、[p^ji]、[pɯ]、[pe]、[po]と書くことが

多いんだ。

へ～、じゃあ忘れないようにしなきゃ。

忘れないでね。

	副次調音って？
	子音において、主な調音位置（第一次調音）とは別に２番目の調音がある ことがある。 例：円唇化、口蓋化、軟口蓋化、咽頭化

６．鼻音化（びおんか）

	実験4 鼻音化の記述
	まず「あかさか」と言ってみよう！　 言った？　 そうしたら今度は「あんぱんまん」と言ってみて。 どちらの語にも[a]が何回も出てくるね。 「あかさか」の[a]は「あんぱんまん」の[a]と比べてどこか違うだろうか？ 発音記号での記述も考えてみよう。

	答え！
	「あんぱんまん」の[a]は鼻音にはさまれているので鼻音化するよ。 そして、鼻音化した母音のことを鼻母音というんだ。 鼻音化していない普通の母音は口母音っていう。 へ～。 これは、順行同化もあるし、逆行同化もあるよ。 あと、無声化と同じように鼻音化の度合いもちょっとずつ違う！ とっても微妙なんだね。 うん。 フランス語とかには、口母音が鼻音化じゃなくてもとから鼻母音になってる 音もある。 それと区別するためにさっきの日本語の例みたいのを「鼻音化母音」って あえていうこともあるよ。 へ～、そんな音もあるんだおもしろそう！

７．二重母音（にじゅうぼいん）・連母音（れんぼいん）

	実験5 二重母音の記述
	ＣＤにあるの「い」と「あい」の「い」の母音に違いはあるだろうか？ あるとしたらなんだろうか？

	答え！
	二重母音ってなあに？ 母音が２つ並んで発音されて、その２つの間に切れ目がなく 全体がつながって１つの音ようになっているものだよ。 １つの音だからどちらかの母音が主となって、もうひとつはちょっと影がうすく なる。 （図を入れる） 二重母音[ai]の[i]の下についている小さな記号は「目立たないほうの母音」で す」っていう意味なんだ。 目立つほうの母音（ここでは[a]）には特別な記号をつけない。 反対に、２つ別々に分けていうものを連母音というんだ。 日本語にも二重母音ってあるの？ ある！ともない！ともいえない。 「あい」って言った時を考えてみよう。 はっきり言うと「あ」「い」って別々に言うこともできるし、 それが連母音だね。 うん。 続けて二重母音っぽく言うこともある。 でも、日本語じゃ、どっちで発音しても意味はかわらないことがほとんどなんだ。 でも、区別することもあることはあるよ。 たとえば、「司会」と「歯科医」。 「司会」[ʃikai]の最後は二重母音[ai]だけど、 「歯科医」[ʃikai]の最後は連母音[ai]であるのが普通だよ。 ゆっくり何回か発音して確かめてみて。 ところで、この２つどこが違うの？ 「司会」は切れないけど、「歯科」「医」だよね。 あっそうか！[ai]の途中で切れるか切れないか！ あたり！

８．ガ行鼻濁音

ガ行鼻濁音って知ってる？

う～ん。聞いたことないかなあ～。

ま、このごろ使わなくなったからね。

簡単にいうとガ行の発音に有声軟口蓋破裂音[g]じゃなくて、有声軟口蓋鼻音[ŋ]を使うんだ。

つまり鼻音化だね。

そうだけど、これを「鼻音化」と呼ばないほうがいい。

さっきやった鼻母音と混同するといけないので。

了解！

ところで、全部これで発音するの？

いいや、一応傾向はある。

「前の音とのつながり」っていうのがポイント！

「がいこく」みたいに語頭では前に音がないから[g]のまま。

「だいがく」みたいに語中は鼻濁音。

助詞の「が」とか、連濁とかは前の語とつながりが強いから鼻濁音になる。

ま、あえてこの音にする必要はないけど知識として知っとこうね。